和歌山情報発信 Minminzemi-Jr

こんにちは!「Min1号」と「Min2号」のSeminarです。

和泉山脈に隠された、謎のモノリス「紀泉入会解消記念碑」その正体とは?! 和歌山市 西庄【ずっと謎だった】

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和泉山脈紀伊半島を東西に走り、和歌山と泉南を二分する。修験道の「葛城二十八宿の行者道」もこの尾根筋あたりを縦走しています。 

和歌山市と大阪泉南市の、県境に“謎の石碑”が建っていました

 

昔の行政区分でいえば「紀州泉州」地理的には別の国。でも住民感覚では、曖昧な国境線でしかなく双方とも、自由に裏山に立ち入っていたらしい。

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紀泉入会解消記念碑

和歌山市西庄から、県道751を北へ猿坂峠目指し登って行く。ヘアピンの終わり、峠道から外れ右手の登山道へ入る。すぐに「紀泉入会解消記念碑」があった。

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石碑裏側

ココからは「新日鉄住金和歌山製鉄所」や「和歌山市街地」が、眼下に拡がり眺めがとても良い場所。しかしこの石碑は、どうしてこんなに立派なのか?まさに“謎のモノリス”ではないか。

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南方向は眺めよし

石碑の横にはベンチがあります。その前にはテーブルなのかな?「お助け杖」も完備されていました。地元の方の手作りと思われます。

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東方向を眺める

「うん、いい眺めだっ!」

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この石碑は何百年にも渡る“闘争の歴史”を意味していた

 

この碑石が建っている意味、簡単に云えば、元禄時代より「和歌山と泉南地域の血みどろの入山紛争が続いていた」そして数度に渡る話し合いの結果、昭和十年にようやく入会が解消された。そういった内容だったが、その当時の資料を読むと、ずいぶんと“根深い闘い”だったようですね。

三百年も続く係争なんてそうそうありませんよ。先祖代々連綿と、一歩もひくに引けない(((重大な案件)))だったのです!そうに違いない!

(注/因みに入会権⇒“いりあひ”とは、地域の住民が慣習に基づき、山林原野などを共同利用し、草木、薪炭材、鳥獣などを採取する権利を云う)

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オラもうイヤだぁぁ~

当時の新聞記事を引用します。

見出し『流血の三百年史に見事・昭和の裁き 紀泉國境入會の分割騒動 八箇村民が手打ち』

本文『元禄時代から三百年もの長い間 松茸山をめぐって大阪五箇村和歌山三箇村が 入乱れて血眼の争いをつづけてきた 紀泉国境入会山の分割騒動は本年に入り 急速度に円満解決への朗らかなステップを踏んでいたが、十七日午後三時大阪府泉南郡東信達村楠畑において 大阪側松沢農務課長天野技師並に東信達村ほか四箇村長、和歌山側梅田林務課長、内田技師及び山崎村外二箇村長等が会合して 最後の調停を進めた結果 ついに円満に妥協成立し目出度く手打となり ここに三百年の紛糾もヤット納めの幕をおろすことになった、徳川の昔 大阪府東西進達樽井外二箇村和歌山県山崎、小倉、根来の三村 合計八箇村の村民は 共有の入会松茸山を繞り先祖相伝で争いを繰り返してきたところ 元禄十四年稲葉守の調停で境界線を定めたが、その後 明治初年に至り元の共有山となり その後農林省でもしばしば調停に乗出し 大正十五年一旦解決したが、間もなく大阪、和歌山双方がこの調停を破ったため 争いは深刻となり遂に流血の騒ぎを見るに至ったので 堪まりかねて両府県当局が一昨年来妥恊に奔走の結果 ついに今回成立したものである』

(大阪時事新報記事 昭和十年 1935年5月19日付)

えぇぇぇ?!マッタケ山をめぐって「三百年も闘っていた??」マジですかぁぁ…少し笑け☺ぷぷっ

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松茸山だった面影はないね

このあと、妙にキョロキョロして歩いたことは、秘密です。 

 

あの有吉佐和子さんも、注目していたという事件なのです

 

また、この石碑は有吉佐和子の小説「助左右衛門四代記」にも登場します。この土地、木ノ本育ちの著者は、地元和歌山を舞台にした作品を沢山描いた。そのひとつです。

助左衛門四代記 (新潮文庫)

助左衛門四代記 (新潮文庫)

 

○あっさりあらすじ

妻が巡礼の白い犬をあやまって殺してしまう。「この家に七代まで祟ってやる!」白い犬が原因でおかしくなってゆく…七代にもわたる嫁取りの物語、それぞれが苦労をしながらも家系をつないでいく。有吉先生の描く紀州弁が、本当に美しい。

 

○この場所への行き方

最寄り駅は南海加太線西ノ庄駅」下車約20分位。さらに北に進めば「甲山」があります。地元では“有名なヤマ”ですよ。<笑

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紀泉入会解消記念碑 周辺地図

○県道751木ノ本岬線、和歌山側は綺麗な舗装道路だが、この県境越えると一車線の道、荒れた道路となる。さらに進むと「甲山」へと至る。

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こんな感じココから大阪府

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甲山へのアプローチ

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甲山山頂からの眺め

○甲山にあった看板「甲山山頂 212m 私の好きな山 日本ベスト100 第4位」だって<笑

ジャジャ~ン♪おしまい☺

 

(1900文字、Thank you for reading.)