Minminzemi-DKのブログ

現役高校生のグダグダを書きます!

6、Why Japanese People! 友ヶ島で何やってんだい?!ラピュタ部隊の見たものとは…現地からは、以上です。

友ヶ島、連続ほんまかいなストーリー 第六弾

[伍章]ありゃ我々の為すべきコトは、何だったっけぇ?

 

Oh、そうであった。

そうなのだ。思い出した!

 

そもそも今日は灯台の日で、我々は友ヶ島燈台一般公開」てなエベントに、参加するためにわざわざ友ヶ島迄、やって来たのではなかったのか。

 

そして我々の真の目的は、ツラツラ灯台に登り「ワッハッハ!! 苦しゅうない!」とに向い力無く、うことだったのだ!

何だそれ?だけれども、そうなのだ。

 

そう、この旅にて“明日への活力”を得るのだろう。そして…あっ…れ?そ〜かっ!アイタタっ、もっと重大なプロトコル思い出したのだった。

 

灯台登るのも“先着順\_( ゚ロ゚)ハイ、ここ重要!テストに出るかもョ~”だったコトを!!

 

グハッ!!( ゚∀゚):∵ コレは大失策だぁ~。思えばアレだけの人数…舟艇二杯分だから、ざっと推定百六十人位かな、中隊規模がほぼ全員、島の西側目指してザクザクと、進軍して行ったのだ。何てこったい。

 

それを見送り「三太夫、そんな慌てずともよいではないか~はははのは」と、バカ殿(自分のコトだけど)はノンビリしていたが。あぁ…我が隊は勝手に殿軍(しんがり)を、引き受けた訳ナノだけれども。

 

きっと今頃、友ヶ島も西側の比重を増し喫水線も、ズブズブ上がっているに違いない。島内人口比で言えば[西側99東側]だ。圧倒的与党である西側。その99部隊が何と今、灯台付近に集結し、灯台攻略待ちしている風景を、考えるだに恐ろしいぞっ😱ェ-!

 

気づかなかったコトに、しよう。知らなかったコトに、しよう。problem!コレだっ!!…バルス


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ゴゴゴ…ガラ、ガラ…ドーン!

以上、脳内独り言で、ある。……閑話休題……🐱

 

[六章]「灯台もと暗し」て DO YOU 意味かな?…かなァ?!

 

話はたしか第二砲台跡からだ。砲台のごっつええ感じの写真をゲッツェした我々は、友ヶ島燈台に向う坂道を登っていた。…🚶ザクザク

 

距離的にはすぐソコ間、問題はずっと登り道であることぐらいか。楽勝じゃ!いくべ。

 

あいや暫し待たれよ。前方上方より坂道降る、人影二人在りしや。

 

えっ、もう帰るのかいな?それよりも、歩き姿が「あれ?あれれ?」で、ある。

 

男と女、あべつくのようだけれど。憮然とした男が先に立ち、困り顔女が、三歩後ろにヨロヨロ従う。まるで昭和歌謡の世界か。

リアル「ぶらくり丁ブルース」なのか?

その二人が坂の途中で、我々ラピュタ隊とすれ違う。

 

いったい…何なんだ?!

 

…暫くして。

「見たか?いまの」と、振替り私。

「ハイヒールやった…なぁ」呆然と、はずー隊員。

 

そうなのである。あきらかにウオータービジネス系スーツの、困まり顔のお姐さんは、この山道で推定七センチハイヒールを、お履きになっていたのだ。

 

「そりは、無いわぁ、ナイナイ!!」

 

落石ゴロゴロ路肩崩壊の、軍用道路(友ヶ島の道は軍道ナノです。観光用では無い)をねェ。

しかも下り坂やでェ。

すでに靴ズレ起こし、かなり悲惨な状況であったと想われ…しかし、仏頂面部長(仮)手を貸すでもなく、何なんだ?コイツは。

 

「北の国の特殊工作員の秘密訓練ナノでは?」と、ぱずー隊員が熱く、意見を述べた。

「う~むゅ、確かにその可能性はヱヴァンゲリヲン起動確率位はある。しかしなぁ」しばし、碇ゲンドウ(自分の事だけど)は、考える…。

 

例えばだ…とりあえず灯台まで、頑張って登って来てはみたけれど…やっぱり、耐えられず女が言った。

 

泣き女「嗚呼、わたすィ…もう駄目、足がぁ、ひたいのョォ~ぶち~よょょのょ」

ブチ男「しょうがないなぁ、君はいつもこうだ…じゃ、帰る怒っ!」スタ、スタタ…🚶

泣き女「ぁあ、まってェ…!」

 

…てな、歌謡演歌的状況が何となく、考えられなくもない。まぁ、勝手な妄想だけれども、さ。

 

 

👉友ヶ島教訓!!…攻略ポイント、その

📣ハイ、ご唱和下さ~い!

友ヶ島を舐めるなオナゴ。ヒール、サンダル、履いて来ちゃ~ダメ、ダメ」🙅

 

履くなら来るな、来るなら履くな」である。ほんま、舐めたらいかんぜよ!(←ヒールをか?)

「最低でもスニーカー、最高でも登山靴」とあの柔チャンも、言ってるではないか(←言ってません!)

 

前々から“ハイヒール女が、島に来る”とか“ミニスカ女史が、歩いてる”(←コレは全然🙆💓)とか、には聴いていたが、ホントに目撃DQN!したんだから、びっくらポン!だ。

友ヶ島は、“島のふりした山”ナノだから!!足元ダケは、ご注意を。

 

そんなこんなで灯台に、着きました。

 

だが…しかし。

陽射しがキツイ!そして、暑い。

そして、何よりもやったらと、人が多い!!

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ブラヴィッシモ友ヶ島砲台!プラシゥーボ友ヶ島燈台!(←ぶら何、タモリ?)

 

灯台の門を入ると受付けがあった。海保の職員の方がいる。記念品と受付けカードを貰う。

その受付け番号が、何と163番だったのだ。

予想ピタリ!!の順位に、若干諦め気分がよぎるが。「ど~したもんじゃろのお」σ( ̄^ ̄)…?

 

灯台周りをウロウロしてみる。

 

「…いやいや、では第一砲台へ、転進!」

すぐ横にある第一砲台跡を探る事にした。

 

日仏合体の図↓お城石垣(左)に西洋のトンネル門
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あまり知られていないが、友ヶ島にある砲台要塞は、おフランスなのだ。だからこそ、お洒落さんナノだ。

 

「Merci Bonjour!」(←知ってる単語コレだけw)

 

正しくはフランス人技師が設計し、明治日本のテクノクラートが(左官、大工、土工等ら)施工した。使ってる耐熱レンガだって、大阪辺りの町工場が造った物だ。

第一砲台跡↓弾薬庫から見た友ヶ島燈台。

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明治二十二年から何と十六年間もかけ「由良要塞」を造ったとある。淡路の由良、加太、深山、そしてココ友ヶ島砲台併せて由良要塞、そう呼ぶそうだ。フランス、スナイドル社製カノン砲、射程一万四千m!(スゴスッ!!)を配備した。

 

日仏合作!まぁ、ゴダール監督が東映太秦で映画撮ったようなもんだな!(←例えが旧いし、判らない。勝手にしやがれ!てか)

 

所が…である。

 

ココの友ヶ島燈台は、何とエゲレス製ナノだ。明治五年初点灯とある。まだ普通にチョンマゲ頭が闊歩していた頃、である。SLが陸蒸気と呼ばれていた頃、である。思いつきで太陽暦を採用したもんだから、爆笑なコトに明治五年が二つもある!!

 

日英合作!まぁ、ローワン・アトキンソンがCXの昼帯司会者やるようなもんか(←さらに例えが、判らない!)

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何故に?故に?この二つの物件は、仲の悪そうドーバー海峡挟んだ二国に、別発注したのだろうか?

 

我々の日本は既にこの頃から“全方位風見鶏バラマキ外交(予算は全て赤字国債だのみ)”をしていたのか?

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幕末にはたしか、徳川幕府をバックアップしていたのが革命、フランス。んで、官軍側(後の明治政府)をバックアップしたのが大帝国、エゲレス(U.K.)だったハズ。

漁夫の利を得ようとして、ねっちりニッチ開国迫ったのが黒船、メリケン(USA)

あと、コソコソと北の帝国、ロシア٩ʕ•ﻌ•ʔもしつこく迫る。

 

四方八方から夷狄(いてき)に脅されて、もう日本は悶死寸前!

 

ドーすんだ、ちょんまげ日本人!

 

👈明日は、どっちだ?!👉

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大政奉還版籍奉還廃藩置県

 

猛スピードで、策を巡らす。そんな時代、日本の暗夜航路を照らす灯台が、各地に出来上がる。ひとつ、また一つと、文明開化の火が灯る。

 

友ヶ島燈台は、日本で八番目に出来た。ブラントン兄弟社が明治三年より着工し、明治五年に初点灯したのだった。

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知ってるつもり?!

友ヶ島にまつわる歴史”

知らないことだらけ、だったのだ。

これを友ヶ島燈台もと暗し」と、いうのかなぁ?

 

「As you like it !!」 

 

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